入門 墨の美術-古写経・古筆・水墨画 (その2)
この記事から続きます。
紹介する順番がメチャクチャになっていますが、この展覧会の第1章は『祈りの墨〜古写経』というテーマで、奈良時代の古写経を展示しています。
※館内の写真は、関係者の許可を得て撮影したものです。
これは奈良時代に書かれた写経です。解説によれば、書かれている字体を見ればだいたい、いつ頃書かれたものなのか分かるそうです。
この写経は字がものすごく丁寧に書かれています。一文字一文字に祈りを込めて書いていたのが、見ていて実感出来ます。
この写経が『五月一日経』と呼ばれているのは、正倉院に伝来した『正倉院文書』に記録が残されているからです。
この正倉院文書に書かれている記録は、9割方が写経本に関するものだそうです。
これによると、写経は当時の朝廷の大プロジェクトとも言えるもので、多くの人がこの作成に関わっているそうです。字の上手な人が試験によって選ばれて書いている事、校正者によって何度も校正を重ねている事が記録されているそうです。
そうそう、この写経にも継足しがありました。
第2章は、ここから時代が下って今度は平安時代の 名筆が紹介されています。
奈良時代の、一文字一文字がしっかりと書かれた、まるで活字のような書体とはうって変わり、この頃登場した「平仮名」を、「連綿」と呼ばれる書体で優雅に綴っています。
この字体で綴られた「和歌」は、個人と個人を結ぶ、重要なコミュニケーションツールでもあったのです。
文字はマシーンのように正確に書くものから、書いた人の書癖でその人の心情が読み取れるものになっていきました。
そして、このような豪華絢爛に装飾された紙に、能書家が書写した歌集は、調度品や贈答品として、貴族達の間で楽しまれるようになったのです。
『Diversity』=多様性?
この展覧会は、奈良時代から室町時代にかけて、主に日本国内で書かれた墨の作品を紹介しています。
一作例外的に、江戸時代のこんな六曲一双屏風も含まれていますが。
これは室町時代の足利将軍から続く、中国山水画のスタイルを踏襲し、その通りの配置及び画法で描いたものです。本邦初公開。
ここではもちろん、墨や硯、筆などの展示もあり、
ラウンジには、清時代の石印材も展示されています。どれも名品ばかり。
学芸員さんのお話によれば、この展覧会が好評を博した暁には、第2段として、江戸以降まで時代を広げた名筆を紹介する展覧会も開催したいとの事です。
ところで、この展覧会のタイトルは『入門 墨の美術』ですが、英語のタイトルは『The Diversity of Ink arts』となっています。ダイバーシティは「多様性」とか「多彩」といった意味合いで、決して「入門」ではないです。
自分がこの展覧会を見て感じたのは、文字も絵もこなす多彩な表現手段を持つ墨、とか、色がないのに雪などの寒々しい空気感を表せる墨、とか、さらっと書けるのにムチャクチャ色が長持ちする、定着剤としての墨、とか。墨って恐ろしいまでの優れものなんだなって事でした。
見るたびに色々な発見がありそうな展覧会です。おすすめです。