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この世はレースのようにやわらかい

音楽ネタから始まったのですが、最近は美術、はたまた手芸等、特に制限は設けず細々と続けています。

おじさん おばさん論 / 海野弘

おじさん・おばさん論
おじさん・おばさんは、身内ではあるけれども、自分にとっては未知の世界を垣間見せてくれる、絶妙な距離感を持った存在だと思う。
彼らは、例えばわたしの母親が伝達した、わたしに関する情報を、時には間違って受け止めて、“とんでもない事実”として親戚に広げてしまうという役割をも担っている。


この本ではそんなおじさん・おばさんを、とても魅力的な存在として取り上げている。なぜか紹介される人物は西洋人ばかりだが、それは置いといて、画家ゴッホ誕生の陰におじさんの存在ありというのは、この本を読むまで知らなかった。今まで他の評伝等でクローズアップされていたのは、弟だけではなかったか。(自信なし)


あと、海野氏らしいセレクトだなと思ったのが、パトリック・デニスの「メイムおばさん」。これは小説なのだが、1920年代後半〜40年代後半にかけて、ニューヨークで繰り広げられた、エキセントリックな叔母と、彼女に翻弄される甥との関係を描いた物語のようです。
1920〜30年代の文化を思いっきり享受したこのメイムおばさんは、戦後、中年になっても、“アメリカの黄金時代”をいきいきと楽しんでいた。
1920年代に輝いていた若者達は、その後、あんまりパッとしない人生を歩んでいったんじゃないのかなと、去年開催していたレンピッカ展を見に行った時は、そんな事を漠然と思っていたのだけど、そんな人ばかりじゃなかったのね。
メイムおばさんのファッションは、1920年代はジャポニズムにはまっていて、戦後はインドのサリーを着こなしていたそう。時代と共に、エスニックの地域移動が行われていたのか。面白い!
と、おじさん・おばさん論のテーマから外れた箇所に反応してしまった。でも、どうやら海野氏にも、モダン・ガールであった生涯独身のおばさんがいたようで、自分はこのおばさんから影響を受けたのだと、この本には書かれている。


この本にはたくさんのおじさん・おばさんが登場する。辞書のような、ガイドブックのような趣で、一気に読むような類の本ではないです。


おじさんといえば、こんな本もあったっけ。
こんな強力なおじさんを持ってみたかったものです。なんてね。

僕の叔父さん 網野善彦 (集英社新書)

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