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この世はレースのようにやわらかい

音楽ネタから始まったのですが、最近は美術、はたまた手芸等、特に制限は設けず細々と続けています。

ぼくの美術帖 / 原田治

ぼくの美術帖 (大人の本棚)
北園克衛の存在を兄弟展の開催で遅ればせながら知り、その流れでようやっとこの本に辿り着いた。
現在、みすず書房の「大人の本棚」シリーズに連なっているこの本は、元々は1982年にPARCO出版から刊行されたもの。
ん?1982年PARCO出版?って事は、もしかしてビックリハウスに広告が載ってた??
という事で、棚の奥に保管してあるビックリハウスを、何年振りか分からないぐらい久しぶりに取り出してみる。


f:id:almondeyed:20060209175659j:image

おおおーーっ、ホントに載ってた!(1983年3月号)
が、このページを見た記憶が全くない!
他の本の広告は結構覚えているのに…。
しかしこの広告のコピーを読んだところで、小村雪岱鏑木清方も当時の自分は知らなかったわけだから、スルーしちゃうのも仕方ない事なのか。
それにしても、本屋さんですら見かけた覚えがなかったっていうのは、ちょっとショック。


原田治といえばOSAMU GOODS。学生の頃はよくお世話になりました。と、言えれば良かったんだけど、残念ながら殆ど持っていませんでした。これじゃあこの本に出会わないのも当然か。


「ぼくの美術帖」は、カジュアルな装丁と、「美術エッセイ」という軽めの謳い文句を真に受けるとエラい目に遭います。後半に出てくる原田氏の視点からなる日本美術史論は、かなり骨太な内容だ。従来の美術史家が提示する日本美術論ではうち捨てられていた縄文的美意識を、日本美術史の中心に据えて、戦国時代の兜から岸田劉生の芸術までをも語っていく。
この本が、今から30年近くも前に書かれていたなんて…。(もういいって)


このくだりに岸田劉生富岡鉄斎が出てきた事で、2008〜9年にかけて渋谷区立松涛美術館で行なわれていた「素朴美の系譜」展の事を思い出した。あれも日本美術史を、「素朴」の視点で捉え直した画期的な展示だった。素朴というキーワードで平安時代から昭和の戦後時代までの美術が、大津絵のような無名絵師による作品も、岸田劉生富岡鉄斎の日本画も、同じフィールドに立っていた。アマチュアとプロの境目が、どこか曖昧な日本美術。そこには「カワイイ」という感覚が共有されているように思えた。「素朴」とか「おおらか」とか、更には「理解を超えたパワー」すらも、全ては「可愛さ」に帰結していくような、これだけは譲れない美意識。


原田氏の愛する美術家達の作品も、みんなどこかカワイイ。マスコミが煽るえぐい可愛さじゃなくて、それこそ素朴で大衆的な可愛さ。それは私自身もとても共感出来るものだし、大切なものだとこの本を読んで改めて思った。