『画家の詩、詩人の絵』展 感想
詩的な絵。絵的な詩。
画家編
詩人編
こちらは文字の展示が多いのかと思いきや、正岡子規の描いた絵とか、高村光太郎や西脇順三郎の油絵とか、宮沢賢治、富永太郎、稲垣足穂、立原道造の絵画作品等、視覚的な作品も充実していた。
グラフィックぽいものだと北園克衛の『プラスティック・ポエム』とか、新国誠一のタイポグラフィとか。そうそう、新国誠一は音声ものでは唯一出品されていた。
西脇順三郎ってあんなパステル調の、綺麗な色使いをする人だったんだ。知らなかった…。
正岡子規もあんなに絵を描いていたんだ。知らなかった…。
と、展示作品を見ながら新たに発見する事しきりで、とても面白かった。
窪島誠一郎 講演会
展示室で作品を見ていると、そこに背の高い白髪の男性が現れた。
あれ、もしかしてあれは窪島誠一郎氏か?と思ったらやっぱり本人だった。
チラシ等をちゃんと見ていなかったので、この日に窪島氏の講演会がある事など全く知らなかった。なので、不意な出現に少々驚いた。ていうか、この人ってそこに居るってだけでその場の空気が変わっちゃうような人なんだ。
まあ、ここで出会ったのも一つのご縁という事で、本当は見終わったらすぐ帰っちゃうつもりだったんだけど、講演会を拝聴する事にした。
いちおう講演会は『絵を語る、詩を語る』というタイトルを冠していたが、お話ししてくれた内容は自分の前半生と、そこでどうやって村山槐多の絵と出会い、今に至ったかというので一貫していた。
この人は17歳の時に、立ち寄った古本屋で見つけた村山槐多の画集を見て衝撃を受けたらしい。
ふくよかな女性の裸婦像に描かれた、ナルトのうずまきのようなおっぱいにやられたそうだ。ナルトの渦巻き…、ダメだ。これ聞いてからあのデッサンからはナルト巻きのイメージしか浮かばなくなったぞ!
今回の展覧会にも出品されていた『稲生像』のモデルになった少年は94歳までご健在だったようだが、後年窪島氏がその方にお会いになり、村山槐多の印象を尋ねたところ、「気持ち悪い奴だった。」と言われてしまったそうだ。きっとその方は少年愛に無理解だったのだろうが、そのうなじで槐多を挑発しといてその言いぐさかよ!と、もうとっくに物故されてしまったその方に、そんなツッコミを入れてみたかったと思ったエピソードだった。
窪島氏は、村山槐多の絵を所有して飾りたいが故に、信濃デッサン館を設立したのだろう。『尿(ゆばり)する裸僧』のような作品だったら、今ならば国立の名を語る場所が所蔵するであろうに、今は信濃デッサン館のものだ。
もしもこの先、窪島氏がいなくなってからのちは、この村山槐多コレクションはどうなるのだろう?
いち個人が一人の画家の絵に出会い、衝撃を受け、その画家の絵のスピリットを自分の人生に組み入れ、絵自体を所有し、人前で語る。そんなエゴ丸出しな事をやっても成り立つ時は成り立つのだなと。いや却ってすがすがしい。絵にはそういう事をさせる力があるのだと、改めて感じた講演会だった。
そういえば5年程前に村山槐多展を見に行った時、図録に窪島さんからサインを頂いたんだっけ。あの時は遅く行ったので講演は聞かず、終了後のサイン会に紛れ込んでサインして貰ったのだ。
今回はあの時に聞き逃した講演会を、ようやく聞けたって事なのか。
この展覧会は18日(日)から展示替えで後期の展示が始まっています。
出品作品目録を見ると、今回の展示では不出品とされているのが結構あるのですが、それはこの先の巡回展で出品されるとの事。何ー!?
逆に、今回は出品されているが、今後は出品されない作品もあるのだろうか?
その辺も気になるところです。
巡回先
- 碧南市藤井達吉現代美術館:11/17(火)~12/20(日)
- 姫路市立美術館:2016年 2/13(土)~3/27(日)
- 足利市立美術館:4/9(土)~6/12(日)
- 北海道立函館美術館:6/18(土)~8/7(日)※仮