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この世はレースのようにやわらかい

音楽ネタから始まったのですが、最近は美術、はたまた手芸等、特に制限は設けず細々と続けています。

橋本平八と北園克衛展

@世田谷美術館


いやぁ、良かった。1920〜30年代の日本美術に興味を持つようになってから結構長いけど、まだまだこの時代の、自分の知らないこんな凄い芸術家がいるんだという事を、まざまざと見せ付けられた展覧会だった。


兄である橋本平八(1897-1935)は伝統的な木彫を自らの表現手段としていたが、そのフォルムは非常にモダン。そして何か非常に土着的なパワーを内に秘めている。江戸時代初期の円空仏から深く影響を受けているそうだ。木から発せられる輝きを見て、「触手光を生ず」という言葉が脳裏に浮かんだ。で、たまにお茶目な表情をした像も彫っていて、思わずクスッと笑ってしまう。


弟の北園克衛(1902-1978)は、前衛詩を表現の根幹としながら、グラフィック・デザインや写真詩(プラスティック・ポエム)、同人誌の発行等、印刷物の分野で活躍した人。


表現手段の異なる2人の作品世界を、少しずつ馴染ませながら、兄から弟へと移行させていった展示が、自然で、とても良かった。


実は展覧会に行く前に、森岡書店で、vouや詩集等を下見していました。
直接手に取って(もちろん白手袋もしなくていい)見られるというので。
何だこりゃ、鈴木清展のストレスを、北園克衛の本で晴らしたみたいな流れになっているな。
まあ、それはいいとして、実際手に取ってパラパラとめくってみた印象は、短く言うと、
「白くて軽い」
でした。白は、色彩の白でもあり、余白の白。
余白の思想とでも言うのか。この人の手がけた本は、一度手に入れたら手放し難くなる種類のものだと思う。残念ながらわたしは今の所1冊も所有してなかったりするんだけど。


北園氏のファッションも、若い頃から一貫して白を基調とした服を難なく着こなしていて、痺れた。
どこを取っても破綻のない人だったんだなと。
どんな風に話す人だったんだろう?その辺も気になった。