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この世はレースのようにやわらかい

音楽ネタから始まったのですが、最近は美術、はたまた手芸等、特に制限は設けず細々と続けています。

没後25年 鴨居玲 終わらない旅 展

@そごう美術館


やっと、やっと鴨居玲の作品を生で見る事が出来た。
鴨居羊子はつい最近まで知らなかったけど、鴨居玲の絵だけは随分と前から知っていた。
その昔、西武ギャラリーで回顧展が開催されたのだが、ポスターを見て猛烈に気になりつつも、その時は若気の至りで、
「まあ、そのうちまた見れるだろう」
という根拠のない確信を持ち、呆気なく見逃してしまったのだ。
何が「そのうち」なんだか。その時の回顧展から実に20年もの月日が流れてしまったではないか。
その間、鴨居玲関連のもので見る事が出来たのは、去年宮本三郎記念美術館で目にした、宮本三郎宛の年賀状のみ。年賀状っていう事は絵が見れるのか!と思っていそいそと出かけたら、封書だった。至って普通の手紙。まあ、そんなもんか…。
もう、作品を見ている時は、念願のアーティストのライヴをようやっと見れた時のような、胸の高まりを覚えたものだ。こんな心境になるとはちょっと予想していなかった。それは本人のルックスのせいもあるかも。画集よりも写真集の方が魅力的だったぞ。正直。


あんまり、「時代」から鴨居玲の作品を見ても意味がないとは思うのだが、それでもこの人の新作を1980年代の半ば以降に見れる事は、たとえ彼が生きていたとしてもあり得ないように思えてならなかった。
多分、あの時代にこの絵では重過ぎたのだ。
偶然、同年に亡くなり、こちらも回顧展が行なわれている有元利夫の絵をここで引き合いに出してみる。
有元利夫の絵を見ると、フレスコ画を思わせる、古めかしい佇まいを醸し出しているにも関わらず、80年代前半にあった、時代の独特な軽さを思い出させるのだ。あのふわふわっとした独特の浮遊感と相まって。
まだ、有元利夫展の方は見に行ってないのだが(見に行くかどうかは未定)、今、この人の絵のどこに興味をそそられているのかと言うと、時間の経過で、最初から意図的に風化させたような絵肌が、更に自然的な風化を帯びてきているのではないかという「期待」のようなもの、か。この人の絵はそれこそ相当昔に一度見ているので。
鴨居玲の作品は、どの時代の絵も、同じ空気感が封じ込まれているようだった。まるで何十年先もこのまま、どこも風化しないような、そういう安定感。そういう意味で、時代とは関係ないと思ったのだけど。


しかし、とにかく作品を見終わった後はドッと疲れた。見るのにもの凄いエネルギーが必要な絵だったのね。。。