糸のみほとけ その2
糸のみほとけ展では日本のみならず、中国、朝鮮で作られた繍仏画も出品されていた。
昨年江戸東京博物館で開催された『江戸と北京』展では、北京首都博物館から『地蔵菩薩本願』の繍経本が出品されていて、その出来が凄まじかった。
今回の展覧会も、ああいう経文を丹念に刺繍した経本が出品されているんだろうなと思っていたので、見つけた時はやった!と小躍りした。日本にもあったのだな。
一つは元時代のもので、もう一つは清時代のもの。清という事は、乾隆年間のものか。こちらは元時代のものと比べると、字体や装幀が優美で緻密に刺されていた。
北京首都博物館の方も、乾隆年間に作られたものだった。中国文化はあの頃が絶頂期だったのだなと思わずにはいられなかった。
展示室には阿弥陀三尊、普賢菩薩、観音菩薩、不動明王、薬師如来、羅漢像…と、数々の仏様の御姿が並ぶ。しかし悲しいかな。なかなか顔と名前が結び付かない。いかに日頃信仰というものから離れた生活をしているかって事だな。これから勉強しよう。
さて時代が下り、江戸時代の繍仏になると、それ以前の作品から受ける深刻さからはちょっと開放される。退色が余り無くて、今の感覚にぐっと近くなる。少しゆとりが出てきたかな〜と思ったのだが、一心寺から出品された『刺繍法然上人絵伝』という大作の掛軸を見て一瞬目が釘付けになる。
全四幅で、後期は三幅と四幅の展示。
第三幅の片隅に、断首シーンがさり気無く描かれていた。
全然シャープな絵柄じゃないのに、見た途端『シュパッ!』という擬音が頭の中に響いた。
絵伝の内容上、この描写は必須なんだろうけど、でも、この絵を刺していた人はどんな気持ちだったんだろう?残酷なのにどことなくユーモラス。複雑な味わいがあった。
なんて思っていると、背後から、地元っぽい方達の声が聞こえてきた。
地元人 : 「一心寺?ああ大阪の一心寺さんね。」
自分独り言 : 皆さんにとっては馴染みのお寺だったのね。
地元人 : 「あそここんなん持ってはりますのね。」
自分独り言 : そうそう、結構凄いんだけどこれ。右下部分見て。見てないでしょ?
地元人 : 「いっぱい名前書かれてんね。」
と言いながらその場を去っていってしまった。
そう。表層部分には夥しい数の寄進者(檀家?)の名前が刺繍で記されていた。江戸時代になると一般の人達の力で、こういった掛軸が作られるようになったのかなと思った。
それにしても、部分刺繍とはいえ、なかなかこの作品はえぐかったですよ。一心寺さん。
他にも中将姫が一日で織り上げたとされる、伝説の當麻曼荼羅とか、大英博物館所蔵の、中国唐時代の刺繍霊鷲山釈迦如来説法図等々、特筆すべき名品が勢揃いだったのだけど、この辺でお開きにします。実に見応えがあった。奈良は暑かったけど、見に行けて良かった!