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この世はレースのようにやわらかい

音楽ネタから始まったのですが、最近は美術、はたまた手芸等、特に制限は設けず細々と続けています。

プラド美術館展

ART,exhibition
先日開催されたwebイベント、『青い日記帳×「プラド美術館展」ブロガー・特別内覧会』に招待されたので行って来ました。
 
プラド美術館というと、武蔵美の通信に在籍していた頃の、夏季スクーリングを思い出す。
毎日汗だくになりながら冷房の効いてない教室でデッサンの勉強をしていたある日、冷房をガンガンかけた講義室で、特別講義として見せてくれたのが、プラド美術館を紹介する映像だった。
この時に初めてこの美術館の存在を知ったのだ。
しかし、この時は館内のひんやりした心地良い冷気と、美術館自体のゴージャスさしか印象に残っていない。
その後絵の知識を得るに従って、ここのコレクションの特異性に気付く事になる。
ボスの絵の大半がここにあるとは!
今回とうとうボスの真筆とされる作品が初来日して、この展覧会で見られるのだ。
 
 またまた小品中心のラインナップ。
 今回のプラド美術館展は、大作揃いの王室コレクションの中から、敢えて小さなサイズの作品をピックアップして、小さな絵画ならではの魅力を味わうというのがコンセプト。
この前同館で行われた『ワシントン・ナショナルギャラリー展』も、そんな試みだった。それは三菱一号館が小さな美術館であるからか。ワシントン・ナショナルギャラリー展は特定の個人によるコレクションだったけど、こちらは王室が代々受け継いで来たものだから、15世紀から19世紀末迄の幅広い年代を網羅している。
そう、展示スペースはこじんまりしているのだが、そのせいか、見ていると逆に西洋美術史の大河を高速で駆け抜けて行く感覚で、"凄まじく濃い"のだ。
 
異常に濃密なテキスタイル描写!
展示作品を見始めて段々と目に付いてきたのは、肖像画で身に付けている布地が、尋常じゃない程に細かく描かれている事だった。
特に刺繍、それにレース!。正直、どんな技法で作られているのかよく解らないものがあった。まさか今では廃れてしまった技法のものが描かれたりはしてないよな?
これに気付いた時点で、博物図鑑的に作品を見る様になってしまい、なかなか前へ進めない。
とにかく、絵の一点一点が凄い情報量なのだ。
 
 学芸員さんの解説によると、こういう細かく描かれた小さな絵画は、大広間ではなく小部屋に飾って親密に鑑賞するもので、「キャビネット・ペインティング」と呼ばれているそうだ。
キャビネット・ペインティングは大画面の作品の様に、一部を弟子に描かせる等といった分業が行われていないから、作者自身の筆致がより露わに感じられるという。
 
今回出品されている作品は小さいものが殆どだから、運ぶのが楽だったんじゃないかと思っていたらとんでもない!
出品作品には板絵が多いのだが、板絵は湿気に弱いので日本の様な湿気の多い気候には適さない。
銅に描かれた作品も今回出品されているのだが、これまた湿気で錆び易い。
展示にはかなりコンディションに気を使っているとの事。
でもここは、外観はレトロだけど室内設備はハイテクな三菱一号館だから、展示可能だったのだろう。
照明にはグラスファイバーを使用しているそうで、これを通して絵を見ると、後世に描き加えられた跡も区別出来るとか。わたしには全然分からなかったが。
 
いやそういう舞台裏の話もいいんだけど、とにかく自分は何でここまで生地描写が細かいんだ?という疑問で解説を聞いている時は頭がいっぱいだった。思い余って質問を投げかけようかと思ったんだけど、その時、「今回出品されている作品はフランドル出身の画家のものが多いが、フランドル地方は元々毛織物が盛んに作られていて、王室にも沢山献上されていた。だから布地に関しては皆目が肥えていた。それでここまで細かく生地を描き分けていたのだろう。」というポイントを突いてくれた。なるほど!
 
ここで細かく指摘してくれたのがこの絵。画像は展覧会公式サイトから拝借。
 
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ハンス・メムリンク『聖母子と二人の天使』(1480-90年) の部分。
 
このちょっとしか見えないクッションの模様まで細かく描かれているのだ!
これは恐らく刺繍による模様だろう。
もう一度原画をじっくりと観察したい。
 
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左:アントニス・モル『パルマ公妃マルゲリータ』(1565年以後)
右:アントニス・モル『パルマ公アレッサンドロ・ファルネーゼの妻、ポルトガルのマリア』(1565年以後)
 
この辺は身に着けている衣服の質感やレースの細かさが目に留まった。確か。(既にうろ覚え…)これももう一回確かめに行きたい。

 

ベラスケスの近代性。

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ディエゴ・ベラスケス『ローマ、ヴィラ・メディチの庭園』(1629-30年)

(※会場の写真は主催者の許可を得て撮影しています。)


ベラスケスの珍しい風景画。これは図録の表紙に使われているだけあって、今回の展覧会の中でも重要な作品の一つ。

パッと見、印象派の時代の絵かと思った。ベラスケスは17世紀で既にその場の空気感を意識して描こうとしていたのだ。

この、ザッと筆を走らせた様な筆致は、ここの前の展示室にあったルーベンスの下絵に既に現れていた。おつゆ状に溶いて泥色になった油絵具で筆早に描いている。色は濁っているが構図は完璧に描き切っていた。

ルーベンス作品もこの展覧会の見所の一つなのですが、ここではすっ飛ばします。

ベラスケスの近代的な描写のルーツはルーベンスにあったのだなというのが、この流れから自然に理解出来たのであった。


ゴヤの部屋

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左:フランシスコ・デ・ゴヤ『トビアスと天使』(1787年頃)

右:フランシスコ・デ・ゴヤ『レオカディア・ソリーリャ?』(1814-16年)


右側の肖像画は肩にレースを纏っているのだが、ここではもう、レースの軽さや透け感を描く事に重点を置いている。

レースの描き方一つ取っても、バロックの時代とはこんなに変化しているのだ。

近くで見るとパパパッと走り描きしているだけに見えるのに、離れて見るとその感じがリアルに伝わって来るのが凄い。卓越した描写力!

ルーベンスを範としていたベラスケス。そのベラスケスをゴヤは規範にしていたのだ。

更に、ゴヤは風俗画で異形めいた庶民像を描いていたが、このルーツはボスやブリューゲルにあるのだなと。

この辺の流れは現地に足を運べば否応無しに実感させられるのだろうけど、多分、それに気付く頃には身体が疲労困憊でグタグタになっていそうだ。

今回の展覧会は、この流れが日本に居ながらにしてコンパクトに実感出来る、またとない機会になっている。

作品を色々なキーワード毎に見て行くと、また違った流れが見えて来て、多彩な層が複雑に絡み合って行くという絶妙な構成っぷりです。

更に今回の作品リストには、絵の来歴まで記されていて、何処まで親切なんだよ!と感心しました。

ボスの絵についてはまたいずれ。(エネルギー切れ…)

会期は2016年1月31日迄です。おすすめ。