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この世はレースのようにやわらかい

音楽ネタから始まったのですが、最近は美術、はたまた手芸等、特に制限は設けず細々と続けています。

世紀末英国美術の魅力

先行前売券 『夢の英国美術周遊券』発売記念イベント


先日、このようなイベントに参加する事が出来たので、行ってきました。
これは、

テート美術館の至宝『ラファエル前派展 英国ヴィクトリア朝絵画の夢』
[六本木]森アーツセンターギャラリー/2014年1月25日(土)~4月6日(日)

『ザ・ビューティフル 英国唯美主義 1860-1900』
[丸の内]三菱一号館美術館/2014年1月30日(木)~5月6日(火・祝)

この両展の会期中にそれぞれの展覧会に一般1名が入場出来る、お得な先行前売券が発売されるのに伴い、9月25日に開催されたものです。
前売券は11月4日迄の期間限定販売なので、気になった方はお買い逃しのないように。
じつはわたくしまだ買ってないのです…
チケット購入方法等は、上記サイトをご参照ください。(手抜き)


イベントでは、19世紀英国美術の魅力を、朝日新聞社文化事業部の帯金章郎さんの司会で、美術ジャーナリストである藤原えりみさんがスライドを利用しながら解説してくれました。
各展覧会の概要は特設サイトをご覧になって下さい。(ヲイ!)
ここにはこのトークショウの中で気になったキーワードを簡単に書き留めておくだけにします。

ラファエル前派はアヴァンギャルド


今の目で見ると、ラファエル前派の絵は古典的にしか感じられないのだが、発表当時は斬新なものとして捉えられたらしい。
特に、描かれている女性のルックスは、当時の美女の基準からは大きく外れていたそうだ。
赤毛の女性は、当時忌み嫌われていたのだが、ここでは美しい女性として描かれている。
ウィリアム・モリスの妻になるジェーン・バーデン(モリス)は身分の低い女性だったが、ラファエル前派のミューズとして、美の象徴的な存在となった。
当時は金髪の女性が美の象徴だったから、ジェーンのような黒髪の女性も、美の規範からはかけ離れていた。
彼女達のようなミューズは当時、「スタナー(stunner)」と呼ばれていたようだ。“唖然とするような美女”という意味で。


何故か自分は、ラファエル前派の絵を見ていると、最初期のフールズメイトの雰囲気を思い起こさせるのだ。
当時のユーロ・ロック(プログレ)界に、明確なアイドルは存在しなかったと思うんだけど(ケイト・ブッシュぐらいか?)、髪を伸ばした美女たちが、デカダンなムードで紙面を彩っていた。
だいたいラファエル前派自体がバンドみたいなもので、ミレイ、ハント、ロセッティが中心メンバーで、更にラスキン、モリスを交えるとそこには奇妙な女性を巡る三角関係なんかも成立しちゃったりして。まさにロックスタアみたいな世界だ。
ロセッティは阿片の飲み過ぎで早死しちゃうし。

英国の唯美主義とは?


1860~1900年にかけて、産業革命により拡大した物質万能主義による醜悪な生産品から逃れるために、英国で巻き起こったのが、唯美主義運動だった。
「ザ・ビューティフル」展では、絵画作品だけではなく、家具、工芸品、宝飾品等も展示される。
これらは、さまざまな様式や芸術理論が乱立する19世紀半ばの英国で、それまでの古い慣習や堅苦しい約束事に囚われずに、視覚・触覚的なものに重きを置いた芸術を追求するものであった。


こちらの展覧会に出品されるフレデリック・レイトン(1830-1896)という画家は、じつは今までよく知らなかったのだが、「フレイミング・ジューン」という絵はどこかで見た覚えがあったなー、と思ったら、これか!
残念ながら今回この絵は出品されないようですが。


MMM Presents Malcolm Mclaren & The Bootzilla ...


唯美主義は、英国のみで発達したものではない。そこには常にフランスの存在があった。
英国はずっと、芸術に関してはフランスに後れを取っていると思っていた。
トークショウでは、19世紀のフランス絵画と英国絵画との、ヌード表現の違いを、アングルの絵とレイトン等の絵を比較しながら解説してくれました。
レイトンのヌード像は硬いんだよね。それは、男性をモデルに使ってデッサンして、それを女性像に置き換えて描いていたからじゃないかと言われてるんですが。(えっ?)
それと、ギュスターヴ・モローとオーブリー・ビアズリーが描いた「サロメ」を並べて、その表現のドギツさの差を示してくれました。
この辺の比較は面白かったです。視野が広がりました。


文化的にはいまいちだと思われていた19世紀後半の英国だが、国家としての繁栄は空前絶後であった。
当然、フランスから英国に渡った芸術家もいたのだ。
当時、母国フランスよりも、英国で人気が高かったギュスターヴ・ドレは英国に招かれ、当時のヴィクトリア朝のロンドンの様子を、栄光と影の部分を交えて、版画に描き起こしていた。
本当は、政治的な理由でドレは母国から英国に脱出したという形なんだけど、ここではこれ以上触れないことにします。

ドレのロンドン巡礼 天才画家が描いた世紀末

ドレのロンドン巡礼 天才画家が描いた世紀末


これを見ると当時のイギリスの実情がよく分かる。
貧富の差が拡大し、街には路上生活者が溢れかえっていた。
機械文明が発達し、それに従事するために故郷を離れ、古い伝統や風習から離れていったような人々が都市に集まってきたのだ。
何がなんだか分からないうちに、心の拠り所を失った者が、古代ギリシャ、または東洋からやって来たエキゾティックな美に存在価値を見い出し、「芸術至上主義」を礼賛していったのが19世紀末といえるのかな。


この時代は、大芸術(Great Arts)と小芸術(Lesser Arts)との分離がうたわれはじめたのも重要な出来事だったんだけど、それは現在開催中の『ウィリアム・モリス 美しい暮らし』をご覧になるのが宜しいのではないかと。
あと、このトークショウで知ったんだけど、ターナーは既に蒸気機関車や工場から排出される煙突の煙を描いていた!
この辺は開催中の『ターナー展』を見て確認しなければ。


と、今年から来年にかけては英国美術関連の展覧会が目白押しなのです。
来年は東京ステーションギャラリーで『プライベート・ユートピア ここだけの場所』という、英国美術の現在にスポットライトを当てた展覧会も開催されるようです。これも気になります。
書き残しがいっぱいあるのですが、とりあえずこれまでにしておきます。