この世はレースのようにやわらかい

音楽ネタから始まったのですが、最近は美術、はたまた手芸等、特に制限は設けず細々と続けています。

牧野邦夫 ―写実の精髄― 展


@練馬区立美術館


小林猶治郎展を見に行った時に、次回の展覧会はなんだろう?という事で、チラシを貰ってみたら、

「ん?、次回は写真展か?」

と一瞬思ったのだが、チラシの裏を見ると、コッテコテの細密油絵作品が掲載されている。
そういえば、ここで前に磯江毅の展覧会をやったよなぁ。あれは凄まじいまでの写実絵画だった。今度はあの系統なのか。
なんて思っていたのだけど、チラシから漂う異様なまでの妖気にただならぬものを感じ、開催早々に足を運んでみた。


会場に到着すると、既に観覧を終えたお客さんが、結構高い確率でカタログを抱えている事に気付く。
初日に見に来るって事は、相当コアなファンなのだろう。
そのほぼ全員が男性。
ちょっと濃厚なオヤジ臭(いや、実際は臭くないですよ。)にたじろぐ。


展示会場に入ると、各展示室ごとに椅子が用意されている事にちょっと驚く。
この美術館で、こんなに椅子が目に付く企画展が他にあったっけ?
暫くすると、この椅子が重要な役割を果たしているのに、否が応でも気付かされる。

何にでも描く

若い頃は画材を買うお金にも事欠いていたようで、そこら辺にある木の板や、木製のパレットや、木皿や、卓袱台らしきものにも描いていた。
挙げ句の果てにはレコジャケにも!(笑)
でも、それらの作品を見ても、生活感が漂ってるな〜なんて少しも思えないような、凄まじい細密描写の世界がうごめいていた。

とげとげしい描写

自画像でかれはよくレース柄のブラウスを身につけているのだが、触るとチクっと刺さりそうな質感で描かれていて、ぞわっとした。
でも、女性に着せているレースのブラウスはソフトに描いているから、あれは意図的に硬く描いているのだろう。
それと、パレットに乗ってる絵具もツンツンと尖っていた。
それを見てると自分の指にグサグサ刺さってきそうで、怖かった〜っ!

レンブラントと交信?

レンブラントを師と仰ぐかれは、レンブラントと架空の往復書簡を交わしている。
会場には、レンブラントからの返信と称する、牧野邦夫の自筆による手紙が展示されていた。
ちょっとね、笑っちゃいけないんだけど、余りにも真に迫った文面だったので、
「ついていけんわ〜!」
と、匙を投げてしまった。
でも、作品を見続けて行くうちに、
「あれってもしかすると本当にレンブラント本人と交信してたのかも…。」
と思わずにはいられなくなって来た。
どの作品にも背後霊のような人の顔が、これでもかこれでもかと、執拗に現れているからだ。
この人、日常的に“見えていた”んだね、多分。
普段は人とどんな会話を繰り広げていたのだろうか?
生前のインタヴュー映像とかが残っていればなー、と思った。

サービス精神もあるのか?

作品の中には、背景にビートルズのメンバー全員の似顔絵が描かれていたり、俳優の似顔絵(ドナルド・サザーランドだったっけか?かなりいい加減に書いてます。)が描かれているのもあった。
モデルになった女性がビートルズ好きだったようで、自分が描かれている絵に、彼らも描き込んで欲しいとリクエストしたら、ちゃんと描いてくれたらしい。
しかし、殆ど思い入れなかったんじゃないかと思わせるような、力の抜けた似顔絵だった。

殿方たちを虜にする女性像

牧野邦夫が描く女性像は成熟した肉体を持つ。
それを強調するためか、頭は若干小さめに描かれている。
腰は張っているんだけど、ウエストはきゅっとくびれている。
そういうところが男の方にはググっと来るのではないかと思った。
一応、自分は男じゃないので、勝手な思い込みかもしれないのですが…。
裸体画では、皮膚から透けて見える血管まで緻密に描写されていて、圧巻!だった。


不思議なのは、何十年も前に描かれた絵なのに、女性達の姿がその時代を反映していない事だった。
今現在に存在していても変じゃないような、永遠性を感じさせた。
どうしてなんだか、よく分からない。

魅力的な建物たち

これでもか~!と押し寄せる絵の中の人物達にヒイコラ言いながら、たまに出て来る建物の絵に、ホッと一息つく。…筈だったんだけど、これも凄いんだ。
普通なら省略する細かい塵やら汚れやらも、全部拾い上げて描いている。
これが痺れるぐらい格好良い。ずっと見続けていても多分飽きない。
現在の東京国立近代美術館工芸館の建物って、戦時中はあそこまで破壊されてたんですか?
あれは衝撃だった。


見続けるうちに段々と、酸欠の金魚のように口をパクパクさせているような気分になる。
何回も何回も椅子に腰掛けて、気力回復を試みる。
でも、見終わったらもう、エネルギーが尽きていた。
本当は、最初に展示されていた『未完成の塔』を、もう一度見直すつもりだったのに、そんな気力は残っていなかった。
もしかしたらもう1回見に行くかもしれない。


4/27の「美の巨人たち」で、『未完成の塔』が紹介されるようです。
気になった方はチェックしてみて下さい。