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この世はレースのようにやわらかい

音楽ネタから始まったのですが、最近は美術、はたまた手芸等、特に制限は設けず細々と続けています。

フランシス・ベーコン展

@東京国立近代美術館

フランシス・ベーコンの絵を、ここまでまとまった量で一気に見るのは初めてだった。
相当過去の話だけど、初めてベーコンの絵を見た時は“衝撃!”の一言だった。しかし年月が経つに連れ、いわゆる“慣れ”が生じてしまったのも事実。
でも、久々にベーコンの絵が気になりだしたのは、去年から保坂氏のツイートを追っていたのが大きい。
こうしてまとまると、かなり読み応えのあるベーコン資料集になっている。
展覧会企画者の声を、開催前からこうしてリアルタイムで追えたのはとてもスリリング、且つ、イマジネィティヴな体験であった。
土方巽がベーコンの絵に入れ込んでたというのは、ここの流れで知った。


あと、古本市などで古本を眺めているうちに草森紳一の本に巡り合ったのも大きいかな。


60年代当時に有効だったベーコン作品のラジカルさがなんとなく実感出来た。


随筆 本が崩れる (文春新書)

随筆 本が崩れる (文春新書)


この本に載ってる本の山を見ると、ベーコンのアトリエを連想したりもする。
わたしの部屋もカオス化しつつあるのだ…。

展覧会を見た感想

見慣れたような気になっていたベーコンの絵だが、こうして一気に見ると「圧巻!」の一言だった。実際に次々と至近距離で見ているうちに、「エレガント!」という言葉を頭の中で連発している事に気付く。
ベーコンの絵は「暴力的」という言葉で語られる事が多いけど、この展覧会でセレクトされている絵には全然そんな言葉が浮かばなかった。


テーマ毎で4つの展示室に分けられていたが、最後4つ目の所はペーター・ヴェルツのインスタレーション作品で、3面スクリーンに、動線が地面に残るような仕掛けの舞が映し出されていた。
そして、その奥には、ベーコンの絶筆となった未完の肖像が、パネル展示されていた。
恐らくは実寸大なのだろう。今まで見てきた絵のサイズとも、感覚的に合致できる大きさだったので。
ちょうどスクリーンの影に隠れるように展示されていたし、至近距離まで近付けたので、ベーコンの描いた線をそっと手でなぞってみることにした。
すると、何だか自分も踊っているような気になった。
それと、何故ベーコンがあの画面の大きさを好んで使っていたのかが実感として分かってきた。
多分、全身を動かして描くのにちょうど良いサイズなのだろう。
こうやってなぞってみるのは凄く面白かった。お勧めです。
そして、複製画をこういう形で展示してくれた企画、構成者に感謝!です。


とりあえず、今回の鑑賞では「肉体の動き」に関心が及んでいったのが、自分にとっての収穫だった。
時間を置いて、もう一回見に行くつもりです。


そういえば、ベーコンTシャツは地が黒だから、意外と普通に着て歩けそうなデザインだった。やっぱり買っちゃおうかな。