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この世はレースのようにやわらかい

音楽ネタから始まったのですが、最近は美術、はたまた手芸等、特に制限は設けず細々と続けています。

報道写真とデザインの父 名取洋之助 ― 日本工房と名取学校

@日比谷図書文化館


報道写真家として名を馳せた名取洋之助が、1933年に設立した「日本工房」での仕事と、終戦後の編集現場、通称「名取学校」で残した仕事にスポットライトを当てた展覧会。


名取洋之助の告別式と偲ぶ会で、仲間によって語られた本人像が面白かった。各々の絶妙な語り口で見事に切り取られていて、ずっと聞き入ってしまった。岡本太郎とは幼なじみだったのか!名取の前では岡本太郎もえらく普通の人物に成り下がってしまうのが何とも。
この音声は、名取洋之助本人を映し出すだけではなく、喋っている本人達の生き生きとした様が、姿は見えなくても想像出来て良かった。木村伊兵衛の肉声は初めて聞いたかも。
亀倉雄策は確か、職場から帰らせて貰えなかったというような話を面白おかしくしていた。


あと、どなたの弔事だったか残念ながら思い出せないのだが、時代が進めば、名取さんみたいな人が生きやすくなる世の中になる。というような事を言ってたけど、逆に現在はもっと生きづらいんじゃないか?
何せドイツ仕込みだから、「場の空気を読む」という概念ははなから存在していなかったわけだし。更に、生真面目で冗談が通じない所まで仕込まれちゃってるんだよね(笑)


名取はグラフィックデザインの分野だけではなく、活字出版にも意欲的だった。宮武外骨の本まで出版していたのか!


このところ、原弘展、堀野正雄展、中村正義展などの展覧会で、名取洋之助の名前を見かけていた。中村正義展のところで見つけたのはちょっと意外だった。中村は、ヨーロッパ旅行の時に同行したのだそうだ。


雑誌「NIPPON」の存在が気になりだしたのは確か宮本三郎記念美術館で、宮本三郎の蔵書が展示されていたのを見に行ってからだと思う。
おびただしい数の蔵書がカラスケースに並べられ、壁には本人の作品が少々展示されているという、ちょっと不思議な展示だったのだけど、かなり長い時間見入った記憶がある。
昭和中期につくられた本にはどれも、人間の体温をも刷り込まれているようなぬくもりがある。
あれはもう、永遠に失われていくしかないのだろうか。


名取洋之助と日本工房(1931‐45)

名取洋之助と日本工房(1931‐45)


写真の読みかた (岩波新書)

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