この世はレースのようにやわらかい

音楽ネタから始まったのですが、最近は美術、はたまた手芸等、特に制限は設けず細々と続けています。

生誕100年 藤牧義夫展 モダン都市の光と影

@神奈川県立近代美術館 鎌倉館


見に行った日は、電車に乗りながら、今日は藤牧義夫村山知義のどっちに行こうかと迷っていた。両方回るにはちょっときつい時間帯だったし、休日はキッチリとした予定を立てたくないタチなので。
結局、自分が見てない「白鬚橋」と「三囲神社」の白描絵巻の展示が19日迄だったので、藤牧義夫展の方にした。


この白描絵巻がずっと気になっていたのは、youtubeにupされていたこの絵巻の動画が、4巻全て左から右に流れていくかたちで解説していたからだ。
半年前にこの絵巻を見た時は、まだこの動画を見ていなかったし、会場の流れも自然に右から始まるようになっていたから、何も考えずその通りに見ていた。


今回の展示もちゃんと右から始まるような流れになっていた。そして、展示室の最後で見られる絵巻のDVD映像の脇に、紙の貼り合わせの方向から判断して、「申孝園」のみが左から開始で、あとは全て右から開始であるという解説が記されていた。
こういう解説って館林の展示の時もあったんだろうか?情けない事に全然覚えていない。
ひとつ言い訳をするならば、館林に行った日は、最高気温が38度だった。展覧会よりも、ねとつくように暑かった印象の方がまさってしまったのだ。
今回の鎌倉は、最高気温が5度に達しなかったのではないか。凄い落差。


そんなわけで、今回は白描絵巻を左からも辿ってみる事にした。でも、そんな事をしている人はわたしの他にはいなかったからちょっと見づらかったし、やってみたところで、映像を逆回転したような効果が得られるわけでもないし、より自然に流れているようにも思えない。果たしてどちらから見るのが正しいのか、謎はますます深まるばかりだった。


今回は偶然に、版画家の柄澤齊氏による解説を聞く事が出来た。
版画家の視点から藤牧作品を読み解くのがテーマで、どうやって刷ったのかとか、紙はどんなものを使っていたのかとかを、実際の刷りにたずさわっている人が身振りを交えて説明してくれると、その場では結構実感として解るところがあって、とても良かった。


柄澤氏の解説ではじめて知ったのだけど、昔は御徒町の辺りにたくさんの版画工房があったのだそうだ。浮世絵の刷りではなくて、千代紙のような大量生産品を扱う工房が多かったらしい。そういう工房に藤牧義夫も、自分の作品の刷りを依頼した事があったそうだ。
かれはあんまり身体が丈夫ではなかったみたいだから、自分で刷るのは体力的に負担がかかったのではないかというような事も指摘していた。


それから秋葉原の方には彫刻刀を扱う刃物屋さんもあったらしい。じゃあこの辺は昔、版画生産が盛んなエリアだったんだ。ビックリ!


あとは、「まくら橋」という作品の構図がシャルル・メリヨンの銅版画作品の構図に似ているという指摘がまた興味深かった。


他にも、「歯車のような太陽」のモティーフがよく使われているけど、これは何を意味しているのか?等々、いろいろ見落としていたキーワードが浮かび上がってきて、まだまだ勉強が足りんと思ってしまった。


今回は見に来ていたお客さん達も結構ディープなファンが多そうで、そういう人達のつぶやきを聞いているだけでも面白かった。中には今回、贋作容疑で外されてしまった作品に愛着を持っていた人もいて、会場にいた館長さんにその事を伝えていたりもしていました。


この藤牧義夫展は、見る方のプロである、いわば研究者の視点に支配された展示内容であるのだが、以前から藤牧作品に親しんでいる人達にとっては、どこか物足りない印象を感じる筈である。確かにこのところの再評価を推し進めたのは研究者の力によるものだし、自分もそれに影響されたのは確かなんだけど、少し純正作品にとらわれ過ぎなのではないかと、二度目の鑑賞にしてそう思った。


版画という表現手段を選んだ時点で、作品になった時に、その作品は作者の手から離れていくのが宿命なのだと柄澤氏は最後に語っていた。藤牧義夫が彫った版木を使って、自分なりの解釈で刷ってみたくなる衝動に駆られる、とも。そのぐらい藤牧作品には不思議な魅力が宿っているのだ。


次回、そう遠くない時期に、今度は芸術家や、ものを作る側の視点を交えた藤牧義夫展を開催して欲しいなと思ったのでした。