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この世はレースのようにやわらかい

音楽ネタから始まったのですが、最近は美術、はたまた手芸等、特に制限は設けず細々と続けています。

稲垣仲静・稔次郎 兄弟展

@練馬区立美術館


2人とも全く知らない人だったのですが、兄稲垣仲静の、「大正時代に活躍した夭折の日本画家」という煽り文句に惹かれて行ってきました。


稲垣仲静(1897-1922)の絵は、いわゆる「デロリ」の系譜だった。代表作である「太夫」の、お歯黒をむき出しにしてニッと笑う肖像画を前にして、暫し固まる。参考出品として、甲斐庄楠音と木村斯光の作品も展示されていた。この辺の方々の絵はなかなか見る機会に恵まれず、今回ようやっと見る事が出来た。何というかこう、作品の前に漂う空気がドロンと濃い。


対する弟稲垣稔次郎(1902-1963)は、染色作家で型絵染の人間国宝に認定されたというお方。兄弟なのに、兄からは「闇」を感じるのに対し、弟からは「光」が漏れ出てくるような輝きを感じる。
染型紙自体も、切り絵のようにひとつの作品として成り立っている。人間業とは思えないような細かさで、凄い。これも、終生消える事のなかった兄に対するライバル心によって成せる技だったのか。
印刷物を見た限りではピンと来ていなかったのですが、実物を見てガラッと評価が変わりました。

「猫」の絵について

25日放送の「美の巨人たち」では稲垣仲静の「猫」が取り上げられるようです。


展覧会の略歴によると、
「仲静は1919年の第二回国画創作協会展に《猫》を出品して、そこから画壇の注目を浴びるようになった。」
との事ですが、それは、この展覧会チラシにも使われている「猫」ではなかったのか?
と、思ったのは、展覧会を見終わってから家にあった古い芸術新潮(1993年12月号)をたまたまパラパラとめくっていた時でした。
1993年に「国画創作協会回顧展」が開催されたそうで、その時は、国画創作協会展の出品作が年代順に展示されていたとの事。この記事、今回初めて熟読しました。

この時は「猫」は出品されていないのです。そして、この芸術新潮には、当時捜索中の行方不明作品が多数掲載されていて、その中に仲静の「猫」も含まれていたのです。別ヴァージョンの「猫」が。
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これは今回の兄弟展にも出品されていなかったよなぁ…。すいません。猫の絵は幾つもあったし、わたしはあんまり猫好きじゃないもので、程ほどにしか身を入れて見ていなかったのです。(やっぱりカタログ買わなきゃダメか…。)でも、この行方不明とされている猫の絵は、よく見ると、チラシの猫の絵よりも態度がふてぶてしくて、ある意味、魅力的です。いやもうこの人の描く猫の絵は、どれも可愛くないんですが。(苦笑)
もし現在も行方不明であるとすれば、どうしてこの、同じ年に描かれたであろう2枚の猫の絵が、ここまで違った運命を辿る事になったのだろう?不思議だ…。多分、その後関東大震災や第二次世界大戦を挟んでしまったのが大きく関係しているのだと思う。