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この世はレースのようにやわらかい

音楽ネタから始まったのですが、最近は美術、はたまた手芸等、特に制限は設けず細々と続けています。

前衛下着道 - 鴨居羊子とその時代展

川崎市岡本太郎美術館


戦後、女性の下着デザインに革命を起こした一女性の足跡を辿る回顧展。


カモイヨーコってシラナカッタんだよー!つい2年ほど前まで。昔TVにも出てたんだって?全然見た事なかったよーっ!何で昔買った雑誌の細江英公特集に彼女の名前が全く登場しなかったんだよ!?
とか、何で昔手にしたファッション雑誌にこの人の名前や写真を見つける事がなかったんだろう?
とか、存在を知った直後は、こういった疑問符で一瞬頭がいっぱいになったのであった。
(要するに勉強不足)


というわけで、彼女の作品を直に目にするのは今回が初めて。岡本太郎と交流があった事も全然知らなかった。
展示内容は、もっとメインの活動であった下着そのものがいーっぱい並べられているのかと思ったのだが、意外とタブローが多かった。
彼女が本格的に油絵を描き出したのは40代を過ぎてからのようだが、最初からスタイルは確立していた。描く人物はほとんどが彼女の分身だ。直線的な部分が全くない、曲線のみで構成された肢体。鮮やかな色彩。これぞ女性!
わたしが鴨居羊子に惹かれたのは、まさに彼女自身の丸みを帯びた独特の風貌からだった。
そんな曲線的でやわらかい世界と「前衛」という、あまりにも直線的な文字且つガチガチな語感とは相入れないようにも見えるのだが、彼女みたいな人と前衛とはわりあい相性がいいのだ。何ものにも動じない、頑固な迄の「スタイル」を持った人とは。
会場には、当時彼女と交流のあった具体美術協会の作品も展示されていた。大阪万博で最高潮を迎えたであろう前衛芸術の世界。当時のパフォーマンス映像はあんまり見た事がなかったので新鮮だった。
こういう、「その場限りのもの」が、彼女の存在感をより際立たせるのだなという事をひときわ強く印象付けたのが、生涯にたった一本だけ撮った映画『女は下着で作られる』(1958年)だった。
映画のあるエピソードに登場する女子大生達は皆、当時の最新モードを身に着けている。それは海外デザイナー風のものであったり、中原淳一のスタイルブックに出てきそうなデザインだったりする。しかし、パッとそれを脱ぎ捨てると、中からそれとは全く違った表情の下着が現れる。ここ、多分カラーで撮りたかったんじゃないかなー?つまり、当時女性達の見える部分を飾っていたのは、中原淳一率いる「それいゆ」だったかもしれないが、もっと皮膚に近い肉体の部分を支配していたのは鴨居羊子の「チュニック」の方だったと。しかしなかなかそれは普段、表からは見えない。彼女がそれを狙ってやっていたかどうかは知らないが、アンダーグラウンドな部分で革命を起こした事においては、ある程度満足感を得る事が出来ていたのかも。


そうそう、彼女の作った人形が良かった。写真でしか見れない作品が多くて残念だったのだけれども。これこそ、卓越した技術を持つ中原淳一では表現出来なかったであろう、おおらかでアバウトな世界だ。


わたしが見に行った日は、唐ゼミのパフォーマンスが行なわれていた。会場内に設置されていた昭和中期をテーマにしたセットを駆使し、オカマと宝塚と白塗り男子という三つ巴+αがチュニックの下着を身に付け、往年のアングラ劇を彷彿とさせる世界を創り出していた。うわーまだまだこういうノリも健在なんだ!と思いましたわ。
そう、今回見る事の出来た作品は、普段なかなか表面には現れて来ない、しかも関西中心の、関東方面から見たら辺境の世界だ。しかし、戦後のポップカルチャーを捉えるにあたって、決して無視する事の出来ない重要な側面だと、作品を見ながらずっと思っていた。
まだまだ彼女の書いた本など、読んでないものがいっぱいあるので、もっと色々調べたくなりました。